骨格標本展示会場 第2展示場

まいにち書くぞ。

会社内での自分の存在価値を可能な限り低く保っていたいのか?

はてブを見ていたらこういう記事が上がっていた。

『会社内での自分の存在価値を可能な限り低く保っていたい』という若手|よんてんごP|note

で、なんかこの若手氏の意見には違和感を覚えるのである。

まずもって彼は本当に会社内での自分の存在価値を可能な限り低く見積もられたいと思っているのだろうか。それはいばらの道である。上司には叱責され、誰にでもできる単純作業のみを与えられ、たまにうまくできても評価はされず、同期にはなんとなく下に見られる。そういう日々を割り切って過ごせるものだろうか。

自分の存在価値を高くしたくない、であればわかる。仕事より優先したい趣味がある。もしくは、いずれは本業にしたい別の何かがある。そういったことで、とりあえず糊口をしのぐため一定の給与がほしいが、高く評価されて責任が大きくなり、仕事に使うリソースが大きくなるのは困る。または、そういったものがなくとも、責任範囲の肥大化そのものが嫌で、気楽に生きたいということもあるだろう。

それで、件の彼は、社外の業務で成果を出すというところにはやる気満々なのである。が、しかし、そっちが本命という気配でもない。社内で成果出さなくていいの?と言われて、いや社外でも出せますから、みたいな言い方である。僕らの世代みんなそんな感じなんで、みたいな言い方である。本当にやりたいことが社外にあるって人がこんな言い方するかな?という違和感がある。そういう人って、まず一番最初に、他にやりたいことがあるんですって話をしそうだよな。世代の話なんてするかな。いや、するかもしれないけど。

何が言いたいかというと、これって、つまり「この会社で自分が評価されるかわからない」という不安の吐露で、自己防衛の形なんじゃないかということである。で、これを真に受けて聞いて、ジェネレーションギャップだ!最近の若者やべえ!ってなるんじゃなくて、その不安を解消できるように手を打ってあげたほうがいいんじゃないのみたいなことも思うのである。いや、ほっとけば業務の中で勝手に自信をつけていって、自然に不安は解消されていくような気もするけど。知らんけど。